2012年7月19日木曜日

読物:ハンブルグでストリート武士道を説く犯人

ニューヨークから帰ってきた後、ニューアルバムのリリースや、ライブ、フェスなどでバタバタしてました。これらは、また、まとめてリポートを書きます。で、今日は、パソコンのファイルを整理していて見つけた、3年前に書いたエッセイ(多分、「文化交流」がお題の作文コンペに出そうと思って書いたもの)が、割と面白かったので、載せちゃおうとおもいます。ちょっと長いのですが、おヒマな時に時間つぶしに読んでみて下さい。

*******


ハンブルグでストリート武士道を説く犯人

私はヨーロッパ滞在歴が長い。イギリスに1年語学留学をし、その後オランダに三年暮らした。当時知り合ったスイス人とティム&プーマミミというエレクトロポップバンドを始め、今はスイスと日本を行ったり来たりしている。

そこで出会った沢山の人達は、皆好奇心が旺盛で、私が日本人だとわかると持っている知識総動員で日本について語ったり、質問してきたりする。内容は、ヘヴィーなものから、知的なもの、微笑ましいものまで、さまざま。

イギリスの寮で同じ階に住んでいたムスリム教徒の秀才インドネシア人ドクターが、ミヤモトムサシは素晴らしい哲学者だと言った。ああ箸で蠅を捕まえる人ね、とテキトーなことをいったら、あきれ顔で、それしか知らないの、と小突かれた。

友達のホームパーティーで知り合ったオランダ人男性は「コンニチハ」に続き、もう一つ日本語知ってるよ、という。「バカヤロー」。親父がね、戦争中にインドネシアで日本軍の収容所に入っていて、そこで覚えたんだって。気のいい彼は、失礼だったかな、昔のことなので君を責めてる訳じゃないよ、と付け加えた。だったら言うなよな、というネガティブな気持ちと、過去の歴史の重みとが混ざってどっと疲れた。

ナイトクラブで紹介された友達の友達の青年は、大学院生で、日本に短期間留学するといっていた。クラブには珍しく学者肌で分厚い眼鏡をかけている。日本の女の子は白人男性が好きだと聞いている、僕もモテるねきっと、といってはにかんだ。私は無言でビールを飲んだ。

バンドのライブを見に来てくれたベトナム系スイス人のおしゃれなマッサージ師は、とても紳士な人。でも知ってる日本語は「おっぱいミサイル」。日本のディープな漫画にはまっててさー、ごめんね、ごめんね、恥ずかしい言葉なんだよね、と手を合わせる。彼の姿もマンガみたいだなと思った。

映画祭のティールームで向かいに座った長身美人のジャーナリストは、まだ名前も聞いていないうちから、とにかくよくしゃべる。一週間前に生まれて始めて浮世絵のエキシビジョンをみて、感動したという。特に線の表現が素晴らしくて二回も見に行ったわ、とタバコを片手に青い目を輝かせる。線とは、絵の輪郭だけじゃなく、脇に書かれている文字も含まれるのだと話していて気づいた。

一度ステージを共にしたファンキーなピアニストは、今度日本に旅行に行くので、とノートに書きためた質問をつぎつぎ投げてくる。最後は、少しもじもじしながら、あのー、ちょっとバカっぽい質問なんだけど、と前置く。何かと思えば、ラブホテルって何?っていうか本当にその。。。かわいいので、カップルがセックスするとこだよ、と元気に答えてあげた。

ちょっとした会話だけれども、日本人とは違った視点だったり自分の無知を実感したり。いつも母国を見直すいいきっかけになっている。こんな私の小さな文化交流の中でもかなりインパクトの強い出会いが、最近、ドイツのハンブルグであった。

2009年8月中旬、拠点としているチューリッヒからベルリンへ旅行し、その後ハンブルグへ向かった。ハンブルグのクラブで私のバンドが演奏するのだ。私は相棒のティムより1日先にハンブルグ入りし、同じクラブでDJをすることになっているベニー・ボーの家に泊めてもらうことになった。昼過ぎにハンブルグ駅に到着。ガラスの大屋根がかかったホームは明るい。夏休みで人がごったがえしている。巨大な駅で待ち合わせ場所がよく分からない。携帯電話でメッセージを送り合いながら、やっとのことでベニーの彼女、ヴァネッサを見つける。はじめての街で、知り合いを捜すのに焦っていたせいもあるかもしれないけれど、私のハンブルグの第一印象は「こわーい」だった。ハンブルグには港があって「タフな街」で知られている。大きな犬を連れたパンクスやギャングスター・ファッションの強面の若者がつるんで歩いている姿を多く見かけたし、転がっているビールの空き缶の量も、他の街に比べて多いような気がした。

そしてこの夜、実際にタフなオニーちゃんと出会うことになる。場所はベニーのフラットから徒歩30秒、下町の下北風おしゃれ地区(ここまできてやっと緊張がとける)にある小さなバー『Yoko Mono Bar』(ヨーコ・オノをもじっている。現地の人はヨコモノバーと発音)。このバーで、ベニーが朝までDJをするという。疲れていたので、あまり気乗りしなかったのだけれども、ベニーの関係者だからお酒は飲み放題、帰ろうと思えば30秒でベッドにたどり着く。それに、せっかくベニーとヴァネッサが「ミチコをもてなそう!」と張り切っているのを無下に断る訳にはいかん、と眠い目をこすって夜11時、Yoko Mono Bar の片隅、DJブースとバーカウンターの間にちょこんと座った。

ベニーのかける曲はオールドスクールのヒップホップが中心で、なかなかカッコいい。小さなバーで、人はまばら。DJブースの前より、奥のビリヤード台のまわりの方が人が多かった。日は暮れても心地よい温度なので、外で飲んでいる人も多い。ベニーも気楽にバーのスタッフやヴァネッサ、私と話をしたり、一人でゆっくり巨体を揺らして踊ったりしながらターンテーブルをまわしている。疲れている私にはちょうどいい。まったりしながらジントニックをちびちびすすっていたのだが、突然、雰囲気が変わった。

深夜12時すぎか。20代半ばぐらいのぶかぶかヒップホップファッションなオニーちゃんが、バーに入ってくるなり

「よーDJ、あんたサイコーだよ」

とベニーの肩をばんばん叩き、ダイナミックに踊り始めた。彼はすでに出来あがっている。ヨロヨロしながらも、ねー、音楽、サイコ—じゃん、と皆に話しかけて、煙たがられている。連れの彼女すら彼を持て余し気味で、途中、ぷいっと出て行った。それでもめげずに踊り狂うヨロヨロにーちゃん。一時間経ってもまだ頑張る。周りも彼の存在に慣れてきて、また、まったりモードに戻りつつある。

ここで、ベニーが私のバンド 、ティム&プーマミミのレコードをかけた。裏打ちリズムでヒップホップ調の『金魚鉢』という楽曲だ。モチロン私は、いえーい、とスツールを飛び降りた。ベニーもヴァネッサも、いえーい。内輪で小さく盛り上がっていたら、例のヨロヨロにーちゃんが、割り込んできた。

「いえーい、なになに?この曲?いいじゃん」

ベニーが、この子のバンドだよ、私を指差し説明する。うそー、まじー、うそだよね、と大げさなので、レコードに合わせて歌ってあげた。酔っぱらいだって自分の曲を褒められるのは何より嬉しい。うわー、本当だ、本物だー。すげー、と大騒ぎ。そして、新しくバーに入ってきた小柄なにーちゃんにむかって嬉々としてまくしたてる。

「よー、ブラザー。この曲、あの子が歌ってんだってー。すごくねー?」

登場までに時間がかかったけれど、この小柄な彼が今回の物語の主人公。オーバーサイズのタンクトップとパンツ、頭にターバン。小柄で細身だけど二の腕はマンガみたいに盛り上がっていて、大きな入れ墨が入っている。目つきが鋭い。エミネムみたいだ。すごかったのが首。右側の首の付け根に、なんと、漢字縦書きで『犯人』と彫ってあるではないか。ヨッパライで足腰ヨロヨロブラザーはまだ陽気で害がないので、いいとして、『犯人』はヤバい。このひとヤバい人だよー。私は出来るだけこの犯人君と目を合わせないようつとめた。彼もヨロヨロブラザーが大騒ぎで私の曲の説明をしているのをあまり興味がなさそうな顔で聞き流している様子。ほっとしたのも束の間、犯人君がこちらにやってくるではないか。なになに?ナンパ?いや、私、アナタのタイプじゃないとおもうなー、などと心の中では大騒ぎしながら、平静をつとめてクールにジントニックを飲んでいる格好をとった。出来るだけベニーのDJブースに近寄って。

「xx@&%%%$!!!@?」

私はほんの少ししかドイツ語が理解できない。緊張のせいもあり、彼の言っていることは一言も聞き取れなかった。ドイツ語できないの、と素っ気なく英語で答える。すると、そっか、オオケ—、エイゴネ。と言語を切り替えてくる。話せないと思ったのに残念。心で舌打ち。犯人君が

「この歌は日本語?君、日本人?」

と聞いてきた。そう。日本人だよ。といいながら私はベニーに助けての視線を送る。でも犯人君はまだ続ける。

「日本人か!日本の文化素晴らしいね」

意外なコメント。

「俺、アイキドー、やってるの。日本のマーシャルアーツは美しい」

といって、ぺこり、立派な日本風のお辞儀をした。そして次がもっと意外。

「俺、ハガクレの思想が素晴らしいと思うんだ」

ハガクレ?はがくれ?葉隠!あの武士道の本。私は『葉隠』そのものは読んだことがなかったけれど、これをテーマにした隆慶一朗の『死ぬことと見つけたり』という小説を二ヶ月前に読んだばかりだった。とてもかっこいい物語だった。それで、この犯人君の話にすこし興味を持った。私の助けて視線に気づいたのか、ベニーもちょくちょくこちらをチェックしてくれてるし、もう少し話してみよう。

「毎日死ぬってヤツだよね、詳しくは知らないけど」

「そうそう。もうすごいよ。俺はゴッド、信じない。ゴッドは助けてくれない。でもハガクレの思想はストリートで役に立つ。毎日死ぬ気」

どうやら彼はジム・ジャームッシュの映画『ゴーストドッグ』で葉隠を知ったようだ。葉隠をもとに行動する殺し屋の話。ギャング映画だしサントラはヒップホップ。犯人君のスタイルに完全マッチ。なるほど。

彼は少ない英語のボキャブラリーで真剣に話す。

「ハンブルグはキツい街だよ。特にストリートで生きてるやつにはね。毎日、安い給料で清掃の仕事して、ストリートにもどったら自分の身は自分で守る。あと、ブラザーもね」

といってまだ陽気におどっているヨロヨロブラザーを見る。

「俺、いつもクリミナルみたい。だからこの入れ墨」

と例の首に彫られた『犯人』を指差す。なんだか彼が真剣なので、こちらも正直に感想を言うことにした。

「気づいたよ。正直、ヤバい、と思ったもん」

あははー、と犯人君は優しく笑った。顔に小さな傷があって、彼の『ストリート』の世界をかいま見た気がした。

「でも、これ、本当に俺のことだから。ヤバいの。ストリート。ゴッドは役に立たないけど、ハガクレには行動の精神が書いてある。だから俺、ハガクレの方がいい。それから音楽。音楽も救ってくれる。バンドやってるんだ。ラップで怒りとか表現するの。そういえば君もミュージシャンだったね」

うん、音楽サイコー、とハイファイブを交わした所で、会話に聞き耳をたてていたのか、心配で自然なそぶりを見せかけて偵察にきたのか、ベニーがヒューマンビートボックスを刻みながら私達の所にやってきた。犯人君もビートボックスを重ねる。私は言葉のようなそうでないようななんちゃってラップで拍子をとる。ストリート葉隠武士道犯人にちびっ子日本人ポップシンガー、それに巨体のおちゃめDJが加わって、即興ラップで一致団結。文化、いや、生き様のチャンポン。キャラの濃い三人が偶然集った。まるで映画かマンガだね、こりゃ、と、本当なら心温まる所なんだけど、ちょっとおかしくなってくる。

後ろではヨロヨロブラザーが、ドロンドロンブラザーに変化していた。もうふらふらで踊りもおぼつかない。いつの間にか戻ってきた彼女が肩を支えてふんばっている。犯人君は

「俺帰る。あいつ連れてく。じゃあ」

といって私に手を差し出した。礼儀正しい握手。そして、ドロンドロンになったブラザーを慣れた手つきで抱えて出ていった。

葉隠と合気道と音楽と、そして、陽気でだらしないブラザーを心のよりどころに、いつも目つき鋭く神経を尖らせている、じつは誠実な犯人君。彼が自分を「犯人」呼ばわりしない日がくるといいな、と思う。そして日本という国が実に様々な人から、様々な理由で興味をもたれているのだなあ、とあらためて、おどろかされた。